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最高裁判所第三小法廷 昭和32年(オ)247号 判決 1957年12月17日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は、被上告人補助参加人らの参加によつて生じた分を含めて、全部上告人らの負担とする。

理由

上告人等代理人一松定吉、同柏木薫、同田坂幹守の上告理由第一点について。

所論は不在者投票の管理の違法は当選無効の原因となつても選挙無効の原因とはならない旨を主張し原判決が高等裁判所の判例と相反するというけれども、不在者投票の管理執行の違法が選挙無効の原因となり得るものであることはすでに当裁判所の判例の趣旨とするところである(昭和二八年(オ)一〇二九号同二九年九月一七日第二小法廷判決、集八巻九号一六四四頁、昭和二八年(オ)五一六号同二九年一〇月一四日第一小法廷判決、集八巻一〇号一八五八頁)。論旨は理由がない。

同第二点について。

所論は、本件不在者投票の管理手続に原判決認定のような違法があつても、直ちにこれに基いてなされた投票を無効であると断ずることはできないと主張し、本件違法な管理による投票が選挙人自身によつて記載されたものか否かにつき原審が審理を尽さなかつたことの違法をいうが、原判決は判示にかかる個々の不在者投票が自筆なると否とに拘わりなく、単に、判示のような不在者投票管理の違法がある以上それは選挙の結果に異動を及ぼす虞があると判示しているに過ぎないこと判文上明白である。所論は判示に副わない主張であつて採用することができない。

上告人等代理人坂千秋、同工藤鉄太郎、同佐藤茂、同中野忠治の上告理由第一点について。

所論は、一個の異議申立をもつて選挙の効力と当選の効力との双方を争うことは許されないにもかかわらず、原判決が本件異議を適法としたのは違法であると主張する。なるほど選挙の効力に関する異議と当選の効力に関する異議とはその根拠法条及び申立期間を異にし互いに区別されるべき性質のものであるけれども、しかしそのことから一つの異議申立手続で当事者を同じくする両者の異議をあわせて申し立てることが許されないとすべき根拠はない。申立人が当選の効力を争うのは選挙の有効なことを前提とするのであるから両者を一つの異議で申し立てた場合には、まず選挙の無効を主張し、予備的に当選の無効を申し立てた趣旨と解すべきである。本件異議は右の趣旨のものと解するのを相当とするから、本件訴願裁決が本件異議を右の趣旨のものと解したのは正当であり、これを是認した原判決にも違法はなく、論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨第一項は原判決が不在者投票その他公職選挙に関する法規は厳格に解釈適用しなければならない旨を判示し、また、不在者投票制度は例外的措置であるとしたこと等の失当を主張するけれども、所論原判示前段の趣旨は、不在者投票及びこれに関連する公職選挙に関する法令の規定は放漫に解釈され濫用されてはならずその規定の趣旨どおりに解釈されなければならないという意味であるから、右判示自体に失当はない。また、公職選挙法四四条ないし四六条は、選挙人は選挙の当日自ら投票所に行き投票しなければならないことの原則を掲げ、同四九条において一号ないし四号所定の場合に限り不在者投票を認めているので、同法は当日投票と不在者投票との二者択一制を規定したものでもなく、前者を原則的方法後者を例外的方法としたものである。従つて、不在者投票は選挙人で右一号ないし四号に掲げる事由ある場合に当りかつ所定の証明ある場合に限り(若し証明がない特定の場合には所定の疎明ある場合に限り)一般と異る一定の方法での投票を行わせることを規定した例外的措置であり、不在者投票を許すべき要件が具備しているか否かは不在者投票の投票用紙及び投票用封筒の交付に関する管理執行についての規定である同法四九条、同法施行令五〇条ないし五四条等に従つて判断すべきは当然である。されば所論原判示後段にも失当はない。論旨は理由がない。

論旨第二項一は先ず乙号証の番号を挙げて指摘する二三件について原判決が違法と判断しなかつたようにいうが、原判決はこの二三件については適法とも違法とも判断していないのであり、また、訴願裁決が正当な不在者投票と認めなかつたものの中四百数十票については原判決が上告人等の請求を容れたかのようにいうが、原判決も上告人等の主張を容れている訳ではない。これらの点は原判文上明白であつて所論のこの部分は原判示に副わないから採用すべき限りでない。

同論旨は、次に、原判決が、不在者投票用封筒及び投票用紙請求書の疎明事由記載欄に所論のように「私用」「私事」「京都大学に私用」等とのみ記載した計三一二件(原判決理由二(三)(3)(ハ))は用務内容の記載がなく、「旅行」「私用旅行」「東京旅行」等とのみ記載した計二九件(同(二))は旅行の目的又は内容の記載がなく、また「花見招待」「お花見」「私用遊覧」「高野山参拝」等とのみ記載した計一九件(同(ホ))を含む以上の三種は、そこにこれをやむを得ないものとする事情の記載を認めることはできないから、これら三種はいずれも記載事由が不在者投票事由に該当するか否か不明でありすべて不在者投票事由の記載あるものということはできない旨判示したのは違法であると主張する。しかし、公職選挙法第四九条二号に掲げる事由たるがためには、選挙人が単に用事又は事故のため所定区域外に旅行中又は滞在中であるベきことだけでは足りず、所定選挙当日の不在がやむを得ない用事又は事故によるものであることを要するに拘わらず、以上三種の記載はそれ自体においてその用事若くは行事がやむを得ないものであることの記載を含むものということはできない。また以上三種の記載は同条一号、三号若くは四号に掲げる事由の記載を含むものということのできないことも明白である。されば原判決の右判示は相当である。

同論旨第二項二ないし四主張の点に関する原判示の要旨は、本件不在者投票における所論投票用紙、同封筒の請求及び疎明手続は、実際の取扱として、すべて直接口頭の方法でなされたのであるけれども、更に所定証明書のないこと又は正当事由により証明書を提出できないこと及び不在者投票事由に該当する事由の内容は、すベて請求書に記載して提出するよう求めたのに拘わらず右請求書には判示以上の記載がなく、他に何等かの疎明をしたことの証拠もなかつたので、かような事実関係の下においては所論疎明の有無は結局請求書記載内容の限度内において判断するほかないというにあり、そしてかく判断するについて原審が諸般の証拠に照らし右請求書記載内容によつて判示のように判断したのは相当である。すなわち、原判決は所論のように請求書の事由欄に証明書を提出できない事由が記載されていない事実のみによつて疎明がなかつたと認定したのでなく、数多の証拠に照らし、前提として本件不在者投票においてはすべて口頭で右請求を受理し、その受理に当つては右判示のようた特別の疎明資料を徴する手続をとつたこと等にもよつて判示のとおり認定したものであることは原判文上明白である。論旨は原判決が疎明があつた事実を認めるに足る証拠がないというだけで疎明がなかつたものと認定したことを非難するようであるが、原判示の趣旨はそうでなく証拠を判断した上「右疎明は結局請求書記載の程度においてされたに過ぎないものと認めざるを得ない」と認定しているのである。この点の論旨は証拠の取捨事実認定の非難に過ぎない。

同論旨第二項五は、原審は漫然九〇六件の違法事実の存在を認定しており審理不尽の違法があるというが、原判決は証拠に基いて所論の認定をしていること判文上明白であり、また、行政事件訴訟特例法による職権証拠調は裁判所がすでに当時者の提出した証拠によつて判断するに十分であると認める場合にもしなければならないものではないから、原審が当事者提出の数多の証拠の存する本件において所論の証拠調をしなかつたことを違法ということはできない。

同論旨第二項六は、行政行為は適法性ありとの推定を受けるという原則があるから不在者投票の管理手続に違法がある事実の立証責任はこれを主張する被上告人側にあるというが、所論のような原則の有無にかかわらず、原判決はすでに証拠によつて右管理手続を違法ならしめる事実のあつたことを認定しているのであるから所論の点は原判決に影響を及ぼさない。

同論旨第三項一、二は原判決が「不適法な」証明書なる文言を用いたことを非難するので審按するに、原判決の要旨は、本件不在者投票における所論の投票用紙及び封筒の請求と疎明は一般に直接口頭でなされたものであるが、その口頭疎明は、実際の取扱手続では、不在者投票に関する調書の作成資料等とするため、すべて右請求書中にのみ記載して提出され、これら請求書は本件請求についての口頭疎明内容を知るべき唯一の資料たる結果となつた、だからこれら請求書は一般には正式のものでなく法定の形式的要件を具えないものであつても、かかる判断の資料たり得るものである、というにある。そして原判決の全趣旨によれば、その記載内容或は記載形式が条理上到底必要事由を疎明するに足りないものであるときは不在者投票の管理執行事務従事者はこの疎明に基いて不在者投票用紙及び封筒を請求選挙人に交付することは許されず、若しこれを交付したときは選挙の管理執行手続の違法を来たすものである、というのであり、この趣旨は相当である。しかし原判決は、かような本件請求書中にも証明書欄があつてしかも同欄に証明書としての記載を欠くことが明らかと見られるもの三八件については、特に同判決理由(三)(1)(2)において判断するに当りこれを不適法な証明書であるというのである。その意味は要証事項について形式上証明の記載を欠くもの若くは内容上証明力を欠くことが条理上明白なものを指すと解され、この判断は相当である。そして、原判決は、かような請求書も、ただに右の点で不適法なばかりでなく、そのほかに、必要な疎明事項についての疎明の記載もすべて条理上疎明力のないものであることを判示しているのであるから、不適法と判示したことの当否に拘わりなく、判示請求による交付は結局違法となる関係にあり、所論の点は判決に影響を及ぼさない。論旨はなお、原判示の被証明者の住所氏名の記載なき証明書でも被証明者たる請求者本人が自ら持参し請求書に添付して提出したもので状況上本人についての証明書と認識するに充分なものは所定の証明書と認めるべきであるというが、被証明者の氏名の記載がない以上、他に資料がない限り、証明者が何人の不在を証明した趣旨であるか明かでないから、かような証明書によつてその持参請求者に投票用紙及び封筒を交付することは違法である。原判決は所論証明書がこれをその持参した請求者についての証明書であることの証明も疎明も別にないから右の理由により判示のとおり認定判示したのであること判文上明らかである。されば原判決には所論の違法はない。

同論旨第三項三は原判決の非常識をいうが、原判決は決して所論のように、仙台市長が証明書を出さない場合でも常に市長の証明書が必要である旨を判示しているのでなく、市長以外の者の証明書で足りる場合もあることを判示しているのであること判文上明瞭であつて、所論は原判示を正解しないものであり採ることができない。

同第三点について。

所論は、不在者投票の管理の違法は当選無効の原因となつても選挙無効の原因とならない、仮りに原判示のような菅理の瑕疵が違法であつてもそれは個々の投票限りのものであるから選挙無効の原因とはならない、というのであるが、不在者投票の管理執行の違法が選挙無効の原因となり得るものであることは上記上告人等代理人一松定吉外二名の上告理由第一点において判示したとおりである。そして本件仙台市長選挙における不在者投票管理執行の違法は原判示のとおりのものであり、そして、その不在者投票についての違法は九〇六件に及ぶところ、開票の結果有効投票数一五万七、〇四五票、そのうち三名の立候補者中岡崎栄松の得票数六万四、六四五票、同島野武の得票数六万四、〇八六票、同高橋三郎の得票数二万八、三一四票であることは原判決の確定するところであるから、かような関係の下においては右管理執行に関する違法は本件選挙の結果に異動を及ぼす虞のあるものというべきである。さればこれと同趣旨に出でた原判示は相当であり、論旨は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九三条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 高橋潔)

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